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東京地方裁判所 平成4年(ワ)19370号 判決

原告

根塚行夫

ほか一名

被告

主文

一  被告は、原告根塚行夫に対し一六六九万五三八四円、同根塚朝惠に対し一五七三万二六三七円及びこれらに対する平成二年五月八日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その二を原告らの、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。ただし、被告が、原告根塚行夫について八五〇万円、同根塚朝惠について八〇〇万円の各担保を供したときは、右仮執行を免れることができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告根塚行夫に対し五四〇〇万五五四五円、同根塚朝惠に対し四七六八万八七三四円及びこれらに対する平成二年五月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、在日米陸軍憲兵隊所属の憲兵であつたブライアン・J・ロジヤース(以下「ロジヤース」という。)の運転する普通乗用車(USARMYCM六一〇四。以下「加害車」という。)が路上で根塚健一郎(以下「健一郎」という。)に衝突し、同人が死亡した事故(以下「本件事故」という。)に関し、アメリカ合衆国軍隊の構成員がその職務を行うについて日本国内において違法に他人に損害を加えたものであるとして、健一郎の両親である原告らが、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う民事特別法(以下「民事特別法」という。)一条に基づき被告を相手に損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実等

1  当事者等

原告らは、健一郎(昭和四六年一一月二五日生)の両親である。同人は、高校卒業後、公務員行政職を目指し、本件事故当時、東京アカデミー東京法科大学校(以下「東京アカデミー」という。)に通学していた。

ロジヤースは、本件事故当時、在日米陸軍第九軍団第一七地域支援群第二九四憲兵中隊(以下「憲兵隊」という。)所属の三等軍曹であつた。(争いのない事実)

2  本件事故の発生

ロジヤースは、平成二年五月八日午前二時三〇分ころ、憲兵隊の保有するパトロールカーである加害車を公務執行のため運転中、神奈川県座間市緑ケ丘九〇四番地先路上(以下「本件事故現場」という。)において、健一郎を轢過し、同人に肋骨骨折及び肺動脈損傷の傷害を負わせ、右傷害によつて同人を死亡に至らせた。(争いのない事実、甲一、乙一の3、4、二)

3  被告の責任原因

ロジヤースには、車両運転者として、進路前方を十分注視して運転進行すべき注意義務があつたところ、これを怠つた過失があり、アメリカ合衆国軍隊の構成員がその職務を行うにつき、日本国内において違法に他人に損害を加えたものであるから、民事特別法一条に基づき、被告には健一郎及び原告らに生じた損害を賠償する責任がある。(争いのない事実)。

4  相続

原告根塚行夫(以下「原告行夫」という。)は健一郎の父、同根塚朝惠(以下「原告朝惠という。)は同人の母であるところ、他に相続人はいないから、原告らは法定相続分に従い、健一郎が本件事故により被つた損害につき各二分の一あて相続した。(甲二)

二  争点

本件の争点は事故態様(過失相殺)及び損害額であり、これらに関する当事者双方の主張は、次のとおりである。

1  事故態様(過失相殺)

(一) 被告

健一郎は、本件事故現場において、飲酒により酩酊したうえ、通常は人の通行が予測されない深夜である午前二時三〇分ころ、降雨による見通しの悪い車道上に黒つぽい服装で自転車にまたがつた状態のまま横臥していた。健一郎の損害の算定に当たつては同人の過失を十分に斟酌すべきである。

(二) 原告ら

右事実は否認する。

健一郎にはもともと飲酒癖がなく、同人は、本件事故発生前の午前零時ころ、アルバイト先の麻雀荘での業務を終え、斎藤修に業務を引き継いだ際、飲酒していた様子はなかつたのであるから、本件事故当時、酩酊してはいなかつた。

また、本件事故発生時に金属音がしていないし、健一郎がまたがつていたとされる自転車は、錆がひどく、チエーンがはずれており、少なくともそのままでは走行の用に供し得ないだけではなく、右自転車には、衝突又は轢過による損傷は認められていないから、健一郎は、本件事故当時、自転車に乗つていなかつた。

2  損害額

(一) 原告ら

(1) 健一郎の逸失利益 六一八七万七四六八円

健一郎は本件事故当時一八歳であり、平成二年賃金センサス第一巻第一表の男子労働者学歴計の平均賃金は五〇六万八六〇〇円であるから、生活費控除率を五割とし、新ホフマン方式によつて中間利息を控除すると、次の計算式のとおりとなる。

五〇六万八六〇〇円×(一-〇・五)×二四・四一六=六一八七万七四六八円

(2) 健一郎及び原告らの慰謝料 三〇〇〇万円

(3) 授業料等納付金 六二万七三八二円

東京アカデミー入学時の納付金(授業料及び教材費)五九万円及び通学定期代三万七三八二円(一八五日分割引購入中の残余一七九日分)の合計であり、これらは原告行夫が支出した。

(4) 葬儀関係費用 五六八万九四二九円

葬儀費用、墓地分譲代金等の合計であり、原告行夫が支出した。

(5) 弁護士費用 三五〇万円

原告らは、本件裁判を提起するにあたり、原告代理人との間でそれぞれ着手金として二五万円、報酬として一五〇万円の支払を約束した。

(二) 被告ら

右事実は不知ないし争う。

第三争点に対する判断

一  事故態様(過失相殺)

1  証拠(甲四七、乙一の1ないし4、二、四ないし一八、証人高橋正美、同座安亨)によれば、次の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一) 本件事故現場は、別紙交通事故現場見取図一(以下「別紙見取図一」という。)記載のとおり、片側一車線の南北に走る市道藤沢座間厚木線(以下「本件道路」という。)上の、座間市立図書館の南方約一〇〇メートルの地点であり、立野台方向へ約一四メートルの地点には横断歩道が設置されている。本件事故現場付近の道路は、車道幅員九メートル(相武台方面から立野台方面へ行く車線及び立野台方面から相武台方面へ行く車線は、いずれも幅員が四・五メートルであり、道路西側に幅一・六メートル、道路東側に幅一・四メートルのそれぞれ縁石で区分された歩道が設けられている。)のアスフアルト舗装された平坦な直線道路であり、本件事故発生時の路面は降雨のため湿潤した状態であり、最高速度時速四〇キロメートル、追越しのための右側部分はみ出し禁止及び駐車禁止の規制がなされている。本件事故現場付近の状況は、民家、理容店、図書館等が散在し、閑散としているが、本件事故当時、道路の西側の別紙見取図一記載の地点には電柱に設置された街路灯が点灯しており、明るかつた。本件事故現場付近の見通し状況は、直線道路で障害物等はなく、車両の尾燈等については約一〇〇メートル先の車両のものを確認することができるが、路上横臥者等については約三〇メートルであつた。本件事故当時の天候は、小雨であり、多少の霧が出ていた。

(二) 本件事故発生前の平成二年五月八日午前二時ころ、専門学校生である水橋久(以下「水橋」という。)は、普通乗用車を運転し、本件道路を相武台方面から立野台方面へ向けて進行していたところ、本件事故現場から相武台方面へ約一二〇〇メートル離れた地点において、自車の前方を同一方向へ進行している被害車と似た形の自転車が、対向車線の右側端付近を蛇行してふらつきながらゆつくり走つているのを目撃した。右自転車には、黒つぽい服装をした一見高校生くらいの若い男が乗つており、対向車が右自転車に近づいた時にバランスを崩してその直前に倒れたため、右対向車はハンドルを右側に切つて衝突を避け、水橋もハンドルを左側に切つて右対向車とすれ違つた。

(三) 本件事故の目撃者である座安亨(以下「座安」という。)は、同日午前二時三〇分ころ、空車のタクシー(以下「座安車」という。)を運転し、本件道路上を立野台方面から相武台方面へ向かつて進行中、別紙見取図一記載〈×〉(以下「本件衝突地点」という。)の地点の約三〇メートル手前である同見取図一記載〈目〉1の地点において対向車線上の本件衝突地点に自転車(以下「被害車」という。)が倒れているのを発見し、本件衝突地点の手前約八・六メートルの同見取図記載〈目〉2の地点において本件衝突地点付近の道路側端より少し中央寄りの位置に被害車及びこれに乗つたままの状態で健一郎が倒れていたのを認め、同見取図一記載〈目〉3の地点で減速しながら、本件事故現場を通過した。タクシーの運転手である座安は、東京で酔つぱらいが道路で寝ているのをよく見かけていたところ、健一郎が酔つぱらつて寝ていたような感じを受けた。座安は、同見取図一記載〈目〉4の地点において加害車を認め、同見取図一記載〈目〉5の地点で危険を知らせるためクラクシヨンを二、三回鳴らしてパツシングをし、同見取図一記載〈目〉6の地点で加害車とすれ違つた。なお、座安が確認した範囲では、加害車の前方には車両が走行していなかつた。

(四) ロジヤースは、加害車を運転し、時速約四五キロメートルの速度で本件道路上を相武台方面から立野台方面へ向けて進行中、別紙見取図二記載〈×〉の地点(前記別紙見取図一記載〈×〉の地点と同じである。)の手前約七九・三メートルの同見取図二記載〈1〉の地点で同見取図記載〈A〉の地点を進行していた座安車からパツシングを受け、加害車のライトが上向きになつているのか確認したが下向きになつていたため、何をしているのか不思議に思いながら、本件衝突地点の約六一・一メートル手前の同見取図二記載〈2〉の地点で座安車とすれ違つた。ロジヤースは、本件衝突地点の手前約四二・九メートルの別紙見取図二記載〈3〉の地点(同見取図一記載〈1〉の地点と同じである。)で前方に街路灯及び横断歩道を認め、その後、右パツシングの意味が分からなかつたため、ルームミラーで後方を走行していた座安車の方を見ながら走行した。ロジヤースは、同見取図二記載〈4〉の地点(同見取図一記載〈2〉の地点と同じである。)に加害車の運転席、本件衝突地点に左前輪がそれぞれ至つた時、健一郎に衝突し、左前輪が何かに乗り上げたようなシヨツクを一回感じた。ロジヤースは、工事用の資材でもひいたのかと思い、本件衝突地点を約二二メートル越えた同見取図二記載〈5〉の地点(同見取図一記載〈3〉の地点とほぼ同じである。)で、いつたんアクセルをふかして加速したが、すぐに確認した方がよいと思い直し、本件衝突地点を約五五メートル越えた同見取図二記載〈6〉の地点(同見取図一記載〈4〉の地点とほぼ同じである。)で停止した後、後退し、同見取図二記載〈7〉の地点で停止した。

座安は、加害車とすれ違つた後、比較的緩やかな速度で進行しながら、ルームミラーで後方を見ていたところ、加害車が全く減速することなく、健一郎が倒れていた地点を真つ直ぐ通り抜けていき、同人を轢過したように見えたため、別紙見取図一〈目〉7の地点で座安車をいつたん停止し、Uターンして最終的に同見取図一記載〈目〉9の地点に停止して車から降り、警察官が来るのを現場で待つていた。

(五) 本件事故後、健一郎は、ロジヤースが進行してきた車線の中央付近に、頭部を本件衝突地点から約一・五メートル離れた別紙見取図一記載〈ア〉の地点(同見取図二記載〈ア〉の地点と同じである。)に置き、頭部を立野台方面、足部を相武台方面にそれぞれ向け、右肩を路面につけ、顔及び身体を東側歩道の方へ向けて、被害車にまたがつたような状態で横向きに倒れ、頭部から右歩道方向に縦八〇センチメートル・横五〇センチメートルの範囲で多量の血が流れ出ていた。健一郎は黒つぽい服装をしていた。

被害車は、前輪を東側の歩道方面、後輪を中央線方面にそれぞれ向けて右側に倒れており、前荷カゴ右側がやや凹み、前照灯取付部ステに地面との擦過による約三センチメートルの擦過痕、前輪タイヤの左側部に真新しい擦過痕、ハンドルの右アーム部に真新しい約三センチメートルの擦過痕、サドル部右側面に擦過痕、後輪泥除け部に擦過痕、そのステ左側に曲損がそれぞれ存在したが、車両等に接触、衝突又は轢過されたと明らかに認められる大きな損傷は存在しなかつた。また、被害車は、ギヤが二段に入つており、本件事故直後には、チエーンが前後部とも外れていたが、その後に実施された被害車を対象物とする実況見分において、チエーンを正常な状態にかみ合わせたところ、通常の走行は可能であつた。

加害車は、前部バンパー左角の下部に約一・五センチメートルの薄い擦過痕や払拭痕があり、左前輪の内側部に血痕様のものの付着及び擦過痕、左側ドアの下部に血痕様のもの及び肉片様のものの付着、左前輪と左後輪の間の運転席フロアー及び左ドアの下部の擦過痕並びにミツシヨンケース部に払拭された痕跡が認められた。

路面には、本件衝突地点から立野台方面に向け一〇センチメートルの細い擦過痕が認められたが、他にスリツプ痕、落下物等はなかつた。

(六) 本件事故後、座間警察署の警察官が本件事故現場に臨場したところ、前記認定のとおり、健一郎が自転車にまたがつたままの状態で倒れていた。右警察官は、本件事故現場に到着してから同人を動かさなかつた。

右警察官は、実況見分を行つた際、加害車を使用し、ロジヤースを運転席に座らせて、ライトを下向きにし、本件衝突地点に黒つぽい服装をした警察官を横臥させて加害車の進行方向からの見通しについて実験したところ、ロジヤースは、別紙見取図一記載〈1〉の地点では何も見えないが、本件衝突地点の手前約三二・九メートルの同見取図一記載〈P〉3の地点では何かあるのが見え、本件衝突地点の手前約二三・九メートルの同見取図一記載〈P〉2の地点では人であるのが見え、本件衝突地点の手前約一七・九メートルの同見取図一記載〈P〉1の地点では人であるのがはつきり分かると指示説明をした。

(七) 座間市消防署の救急車が同日午前二時四〇分に現場に到着したが、救急隊員は、健一郎に生体反応がなく、即死の状態であると判断し、同人を搬送しなかつた。そこで、現場に臨場した警察官である高橋正美が、同人の死亡確認をするために右消防署の救急司令室に医師の派遣を要請したところ、同日午前三時二分に相武台外科病院の五十棲忠二医師が本件事故現場に到着し、その場で同人の死亡を確認した。なお、一般的には、救急隊員による生体反応の確認は、生きていないと一目見て分かるような場合、まず脈や瞳孔を見るなど被害者の体の位置等に変更が生じない方法で行われている。

(八) 東海大学医学部法医学教室の武市早苗医師によつて健一郎の死体解剖が行われ、同人には、左後頭部、右顔面(頬部)・側頭部の擦過ないし打撲傷、右背面部の皮下出血及び線状表皮剥脱のほか、全身に軽微な打撲擦過傷が存在したほか、右側頭骨、右鎖骨及び左上腕骨の骨折、左肋骨多発骨折、左肺動脈損傷とこれによる左胸腔内出血血液貯留(一三五〇ミリリツトル)、肺挫傷が認められ、血液中のエチルアルコール量が血液一ミリリツトル中一・八八ミリグラム、尿中のエチルアルコール量が尿一ミリリツトル中二・二六ミリグラム検出された。同医師は、死因が右肩背部から左胸部に向けて作用した車底による圧迫的外力により発起した左肋骨骨折の骨折端による左肺動脈破損による失血であるほか、全身各所の損傷が同一車両により発起可能なものであり、かつ、その成傷機序が説明可能であり、他車の介在を積極的に支持する所見が存在しないものと判断した。

2  前記争いのない事実及び右認定の事実によれば、次のように考えることができる。

(一) 本件事故の態様は、血液中のエチルアルコール濃度が血液一ミリリツトル中一・八八ミリグラム、尿中のエチルアルコール濃度が尿一ミリリツトル中二・二六ミリグラムという、かなりの酩酊状態にあつた健一郎が被害車に乗つて本件事故現場に至つて他車の介在なくして路上に転倒し、被害車にまたがつたままの状態で本件道路の歩道付近に頭部を道路中央線の方向へ向け、足部を東側の歩道方向へ向けて路上に横臥していたところ、相武台方面から立野台方面へ向かつて進行し、本件事故現場に至つた加害車の車体下部が、本件衝突地点において、横臥していた健一郎の上半身に背後から衝突し、その衝撃によつて、同人が、肺動脈損傷に基づく失血によつて即死するとともに、被害車にまたがつたままの状態で、体の向きを左方向に回転させながら若干前方に押し出され、前記認定のとおり、頭部を立野台方面、足部を相武台方面にそれぞれ向けて右肩を下にして横向きに倒れた状態となつたものと推認することができる。また、被害車には、車両等に接触、衝突又は轢過されたと明らかに認められる大きな損傷は存在しなかつたものの、被害車に残されていた擦過痕や本件事故現場の路面に印象された擦過痕の状態などからみて、健一郎が右衝突によつて移動した際、右衝突の衝撃による同人の移動に伴つて、被害車も、前記認定のとおり、前輪を東側の歩道方面、後輪を中央線方面にそれぞれ向けて右側に倒れた状態になつたものと考えられる。

なお、原告らは、本件事故当時、健一郎が酩酊していなかつたと主張するが、前記認定のとおり、〈1〉本件事故後において、健一郎の血液中及び尿中からかなりのアルコール濃度が検出されていること、〈2〉水橋は、本件事故発生の約二〇分前に本件事故現場から相武台方面へ約一二〇〇メートル離れた位置で、黒つぽい服装をした一見高校生くらいの若い男が乗つた被害車と似た形の自転車が、対向車線の右側端付近を蛇行してふらつきながら本件事故現場方面へ向けてゆつくり走つており、対向車の近づいた時にバランスを崩して右対向車の直前に倒れたのを目撃しているところ、時間的・場所的関係などからして、右自転車が健一郎の乗つた被害車であり、健一郎が酩酊していたために、蛇行してふらつきながらゆつくりと走り、対向車の直前でバランスを崩して倒れたと考えられること、〈3〉タクシー運転手として酔つぱらいが道路で寝ているのをよく見かけていた座安は、健一郎が路上に横臥していたのを目撃したが、同人が酔つぱらつて寝ていたような感じを受けたことを総合考慮すると、本件事故当時、健一郎が酩酊状態であつたと認めるほかなく、原告らの右主張は理由がないといわざるを得ない。また、原告らは、本件事故当時、健一郎が被害車には乗つていなかつたと主張するが、前記認定のとおり、〈1〉本件事故態様は、加害車が被害車には衝突していないから、衝突音がしなかつたのは不自然ではないこと、〈2〉水橋が目撃した自転車は被害車であるから、健一郎は被害車に乗つて本件事故現場に至つたものと認められること、〈3〉被害車は、本件事故直後、ギヤが二段に入つており、チエーンが前後部とも外れていたものの、その後に実施された被害車を対象物とする実況見分において、チエーンを正常な状態にかみ合わせたところ、通常の走行は可能であつたのであるから、健一郎が本件事故現場まで被害車に乗つてきたが、路上への転倒又は本件事故による衝撃によつて被害車のチエーンがはずれたと考えることは十分可能であること、〈4〉本件事故の発生直後から実況見分開始後三〇分を経過したころまで、座安が本件事故現場にいたのであるから、ロジヤース、現場に臨場した警察官・救急隊員等が健一郎の身体等を移動させるなどしたならば、座安がこれに気づいていても不思議ではないが、同人が証人尋問において、健一郎の身体等の移動等があつたか否かについて覚えていないと述べているなど、本件事故後に本件事故現場の現状変更がなされた形跡を窺わせる証拠がないことを総合考慮すると、原告の右主張も理由がない。

(二) 前記争いのない事実及び右認定事実によれば、ロジヤースは、本件衝突地点の手前約三二・九メートルの地点で路上に何かあるのが見えるとともに、本件衝突地点の手前約二三・九メートルの地点では人であるのが見える状態であつたから、車両運転者として、進路前方の路上を十分注視して運転進行すべき注意義務があつたのに、座安車のパツシングに気をとられ、ルームミラーで後方を見るなどしていたため、右注意義務を怠つた過失がある。しかし、ロジヤースの平成二年五月一六日付け司法警察員作成の供述調書(乙一八)に記載されているとおり、対向車のパツシングには、米国においても、前方に危険があることを知らせる意味があるところ、ロジヤースが座安車のパツシングの意味を分からず、前方注視を怠つたものであるが、通常は、深夜の午前二時三〇分ころ、路上に人が横臥していることがあり得ることまでも予見することは困難であるから、このことをもつて、ロジヤースに重大な過失があつたということはできない。

他方、健一郎が、深夜で、かつ、本件事故現場付近に街路灯が設置されていたものの、小雨が降るなどして見通しが悪くなつていたにもかかわらず、酩酊のうえ路上に横臥していたことは、前記認定のとおりであるところ、同人の過失は重大であつたといわざるを得ない。

これらの事情を総合すると、ロジヤースと健一郎との過失割合は、いずれも五割であると認めるのが相当である。

二  損害額

1  健一郎の逸失利益 四一三三万〇五五〇円

前記争いのない事実及び証拠(甲三、四八、乙二〇、原告朝惠本人)によれば、健一郎は、本件事故当時、満一八歳の健康な男子で、稼働可能な状態にあり、神奈川県立栗原高校を平成二年三月に卒業後、東京アカデミーの公務員本科全日制に入校して公務員を目指していたのであつて、勤労意欲も有していたと認められるところ、本件事故に遭わなければ、翌年に右アカデミーを卒業して就職し、満一九歳から満六七歳までの四八年間にわたり就労可能であつたものと認めるのが相当である。そうすると、健一郎の逸失利益は賃金センサス平成二年第一巻第一表による産業計高卒男子労働者全年齢の平均年収四八〇万一三〇〇円を基礎として算定するのが相当であると思料されるから、右金額を基礎に、ライプニツツ方式により年五分の中間利息を控除して、同人の逸失利益の現価を計算すると、次の計算式のとおり四一三三万〇五五〇円(円未満切り捨て)となる。

(計算式) 四八〇万一三〇〇円×(一-〇・五)×(一八・一六八七-〇・九五二三円)=四一三三万〇五五〇円

2  健一郎の慰謝料 一四〇〇万円

健一郎は、本件事故によつて死亡したことにより精神的苦痛を被つたことが認められるところ、本件事故の態様、健一郎の年齢、後記のとおり原告らにも慰謝料を認めること等本件に顕れた一切の事情を考慮すると、死亡により同人が被つた精神的苦痛に対する慰謝料は、一四〇〇万円と認めるのが相当である。

3  授業料等納付金及び通学定期代 五二万五四九三円

証拠(甲三ないし五、四八、乙二〇、原告朝惠本人)によれば、原告行夫が、健一郎の平成二年四月から九月までの六か月分の東京アカデミー公務員本科全日制における授業料及び教材費として合計五九万円、健一郎の同年四月一七日から同年一〇月一六日までの六か月分の横浜・さがみ野間の通学定期代として三万八四五〇円を支出したことが認められるところ、右授業料及び教材費については、東京アカデミーの授業の開始日が明確ではないが、本件事故発生の日までを一か月間として残余の五か月分である四九万一六六六円(円未満切り捨て)、右通学定期代については、右有効期間が一八三日間であるところ、残余の一六一日分である三万三八二七円(円未満切り捨て)が健一郎の死亡によつて無駄になつたと認められ、健一郎の死亡によつて無駄になつた右授業料及び教材費並びに通学定期代の合計五二万五四九三円は、これを本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

4  葬儀費用 一二〇万円

証拠(甲六の1ないし3、七ないし二九、三一ないし四四、四六、原告朝惠本人)によれば、原告行夫は、葬儀費用及び墓地購入費用を支出し、一二〇万円を下らない費用を要したことが認められる。右事実及び本件に顕れた一切の事情によれば、本件事故と相当因果関係がある葬儀費用は一二〇万円をもつて相当と認める。

5  原告ら固有の慰謝料 各一〇〇万円

原告らは、健一郎が本件事故によつて死亡したことにより精神的苦痛を被つたことが認められるところ、本件事故の態様等本件に顕れた一切の事情を考慮すると、本件事故により原告らが被つた精神的苦痛に対する慰謝料は、各一〇〇万円と認めるのが相当である。

6  健一郎の損害合計は、五五三三万〇五五〇円となり、原告らは、これを各二分の一あて相続したので、原告行夫の固有の損害二七二万五四九三円を加えると、同人の総損害額は三〇三九万〇七六八円、同朝惠の総損害額は二八六六万五二七五円となるところ、これらに五割の過失相殺を行うと、原告行夫の損害合計額が一五一九万五三八四円(円未満切り捨て)、同朝惠の損害合計額が一四三三万二六三七円(円未満切り捨て)となる。

7  弁護士費用 二九〇万円

弁論の全趣旨によれば、原告らは、弁護士である原告ら訴訟代理人らに対し、本件訴訟の提起と追行を委任し、その費用及び報酬の支払いを約束したことが認められるところ、本件訴訟の難易度、認容額、審理の経過、その他本件において認められる諸般の事情に鑑みると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害は、原告行夫につき一五〇万円、同朝惠につき一四〇万円と認めるのが相当である。

三  結論

以上によれば、原告らの被告に対する請求は、原告行夫につき一六六九万五三八四円、同朝惠につき一五七三万二六三七円及びこれらに対する本件事故の日である平成二年五月八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを正当として認容し、その余は理由がないから、いずれも失当として棄却することとし、訴訟費用につき民訴法九三条、九二条、八九条、仮執行の宣言及び仮執行免脱宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 南敏文 大工強 湯川浩昭)

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